こんにちは、いつも当ブログをご贔屓下さりありがとうございます。
お神示もナンバーが100を超えてきて
もうそんなに降ろしてるのかと、我ながら驚いております。
この1年があっという間に過ぎてしまったこと
その貴重な1年の中で私の人生に大きな変化があったこと。
お神示を不定期ながら、細々と降ろさせていただいてる中で
自分でも知らなかったお役目というものを知り
世間様の目には普通にお神示を降ろしてるオバサンのように見えて
誰にも気づかれぬ所で、お役目を果たすため
24時間所構わず闘い続けるそんな日々を送っております。
正直お役目はキツイです。
なんせ相手は人知を超えてます。
人には全く予測のつかない攻撃の一手を使ってきます。
そのようなもの相手に戦うって辛いことです。
でも逃げることはできない
現実逃避して逃げの一手に身を委ねたら
間違いなく死が待っている
そうなると人って奮い立つのですよね
敵がどんなものであろうと、勇気を振り絞って闘うのですよ。
それだっていつでも孤軍奮闘で勝ち抜けていた訳じゃありません。
自分の死期をさとり、神々に救いを求めたことにより
形勢が変わり大難が小難で済み、かろうじて命を繋いだこともあったのです。
そんな中でお神示降ろすの怖いと思ったことも多々ありました
でもどんな時もお神示は私の味方であり
とても身近な智慧でもありました。
今まで何度もその闘いの中でお神示に救われてきました。
そういった意味ではもうお神示は私の1部であり
必要不可欠な智慧の宝庫そのものなのでしょう
やはり神々や賢者の智慧を得る前にもその予兆みたいなものはありました。
突然のひらめきで多様多種の知識が頭をよぎり
その智慧で難局を回避してきていたからです。
賢者の智慧について深く語ることは許されません
ただ本当にそれは存在します。
ついさっきまた無意識に私の口から、人類の知恵というものが、語られ神々とそれを共有する。そんなことが。
不思議なものです。
人生どこでどうなるか本当にわからぬものです。
私も多くを求めたからそうなったのではありません。
私が望んだものは、
慎ましくも愛と幸せ溢れる家庭で
子供たちと死を迎えるまでひっそりと生きていたかっただけなのですから。
本当にわからないものです。
いまだに自分の身に起きてることが夢か妄想かなんかだと疑ってるくらいですからねw
意外とそういうお役目もつと、信じられなくなるものですよw
お役目も現実的な戦いからがさごそさんみたいな変なものまでありますから
だって私普通の人間だから
これはなんかおかしいぞ
そう感じてしたうのです
でもその普通の人間だからこその感性、
人間味や愛情、友情、忍耐、勇気、
そういうものが必要だからこそそのお役目あるのではないかとも、考えますね
まだまだ答えはでません。
天禄神示に記述された世が本当に来るかもわかりません。
何がおころうが、その現実を受け入れられるの
読者の皆さんよりほんのちょっと早いだけの
そのようなものですから
どんな困難が待ち受けていても、戦うべき時は勇ましく立ち向かえる
そんな覚悟に溢れたものでありたいものです。
普段はパートのおばちゃんですけどねw
そんなものなのです
お役目授かった人間ってのはw
事実は小説よりも奇なり、この一言につきるとは思いませんかw
この世にどのような奇っ怪なことが起ころうとも
共に参りましょうね、日本のその先の未来に。
ではではまたの機会に雑談でも